世界基準から遅れをとる日本基準。グローバルスタンダードの重要性とは?

思う事

どうも、妖狐(@yo_ko)です。

    

先日、このようなツイートが話題になりました。

   

      

上記について深掘りします。

    

世界基準から遅れをとる日本基準

上記のツイートに対してリプ欄にあったコメントには、「当然だ!」などの肯定的な意見よりも、「なぜ?」といった否定的な意見の方が多くありました。

   

その一つが下記のものです。

    

これを機に可能な部署、役割の人にはフレックス制を導入すれば良いのに。なぜ全員で我慢とか刺し合うみたいなしんどい方に行くのか。育児や介護や自分の時間を優先する働き方に変えてかないと。

出典:— YOU (@yuko_logic)ツイートより引用

    

このコメントには私も全面的に賛成でして、

      

「働き方改革」を掲げながら国が動いてる中で、30年以上前の価値観を未だに引きずっている日本社会の異常さが、浮き彫りになった良い例だと言えます。

    

どうやら、我々日本人はみんな同じでないといけないらしいですね。誰かが目立ったり誰かが違う事をするのが許せないみたいです。

        

結果、労働者クラスで足を引っ張りあってドツボにはまるという悪循環。ス○夫がいたら、きっとこう言ってくれるでしょう。

    

ス○夫
ス○夫

悪いなのび太。この国、資本主義なんだ。

      

資本主義の本質

学校で使う教科書って上手くできてると思いません?だって、ご丁寧に必ず答えが用意されてるじゃないですか。

    

テストを行い点数を競い合わせて、誰が間違ったのかという教育をする為には、これ以上はない材料だと思っています。

    

ただその教育のせいで、失敗を恐れて挑戦しなくなるダメ人間を大量生産してますけどね。まぁ、会社にとったら都合が良いのでしょう。

       

なんせ、彼らはロボットのように働いてくれますから。一種のヒエラルキーのもと、妙に秩序だって懸命に働きます。不正は絶対に許しません。

    

まさにボランティア精神。社員根性の極み。

      

一つ誤解があるとするなら、どれだけ一生懸命に働こうがその利益は労働者側に回らず、富はすべて資本家に回帰するという資本主義を理解していない事ですね。

       

「みんな同じ」じゃないといけない日本人

私たち一人一人の価値観は異なります。考え方だって違います。生活スタイルだって多様性があるし、体格の差だって多いにあるでしょう。

   

そんな中で「みんな同じ」って本当に可能なんですかね?ぜひ、小一時間ほど聞いてみたいのですが。何をどうやって同じにするんでしょう。

    

誰かに合わせるんですか?それじゃあ、「基準となる人」が有利になりますよね?だって、自分基準になるんですから。明らかに不平等です。

     

ぶっちゃけ、みんな同じになんかなるわけないんですよ。平たく言うと、「頭沸いてんのか老害は」って感じです。

        

みんな黒髪でみんな黒目で血が混ざらなかった狭い国の価値観ならそうなるかもしれませんが、世界には色んな人種がいます。

      

肌の色も目の色もみんなそれぞれ違います。生まれた時から自分の周りや親戚にそんな人がいたら、「みんな同じ」なんていう腐った考え方はしません。

     

人種を含めて他人を尊重する事。他人との違いを歓迎する事。こんなものは随分前からグローバルスタンダード(世界基準)です。

      

グローバルスタンダードの重要性

ブログ内で日本をディスりまくってるのでよく勘違いされるのですが、私は基本的に日本が大好きです。

      

料理・文化・歴史・景観・社会インフラ。どれをとっても一流だと胸を張って言える国だと思います。ですが、多様性に関しては他の国よりもはるかに劣りますね。

    

明らかに、日本は異常だと思うんですよ。自分と違う人を退けようとする排他的な思考が、脳髄にまで染み渡っている感じです。

     

おそらく、この元凶となったのは昔の村社会制度と軍隊教育。これがチームワークを重要視させる原点となったのは間違いありません。

        

画一に均等にされた制度の中で、人は「個」よりも「集団」を尊重するようになりました。集団のために自分を殺すようになったのです。まさに滅私奉公。

         

答えがない問題を解く力

滅私奉公をわかりやすく言うと、ロボットになります。命令に背くことはなく、頭は思考停止しながらでも体だけはちゃんと動きます。

    

従順な彼らのおかげで組織も潤滑になりました。つまり、資本制生産様式にはピッタリだったというわけです。

      

しかし、時代は移り変わり、高度経済成長期はとっくに終了。バブルが崩壊。「モーレツ社員」はもう必要ありません。

     

少子高齢化で人口動態も変動しています。どちらかというと、今求められているのはモーレツに働く事ではなく、モーレツに子育てする事ですね。

     

基本的に問題というのは時代の情勢を含んで変化するものなんです。しかも、学校とは違う「答えがない問題」にです。

       

テストで良い点を取る為だけに丸暗記を推奨してきたような教育方法では、そりゃ解決できない大人が量産されて当然でしょう。

       

価値観のアップデート

では、ここで冒頭のツイートに戻ります。5分前に無断で帰る事は、確かに社会人としてマナーにかけているかも知れません。

    

ですが、それだったら仕事開始5分前に会社に来させる事についても言及すべきです。終業時間を徹底するなら、始業時間も徹底してくれないとフェアとは言えませんよ。

         

あと、みんな同じ時間に仕事始める必要ってあります?だって、一人だけ5分前に初めて5分早く帰っても良いじゃないですか。何の問題もないはずです。

    

例えば、東京の人口密度ってね、他の都市の追随を許さないほど凄まじいんですよ。東京は人口過多のメガシティなんです。

       

そんな場所でみんな同じ時間に出社したら、電車混むの当たり前だと思いませんか?そりゃ、どうやったって通勤地獄になりますよ。

         

でも、私ならこの問題を解決できます。だって、自宅で働くか深夜に働けば良いじゃないですか。「そんなの無理」って言う人は、おそらく理屈を考えず「無理だから無理」って言う人です。

       

「なぜ無理なのか?」を論理的に分解して考えていかないと、新しいチャレンジはできません。それではいつまでたっても既存のレールの上しか走れませんよ。

      

頭の固さは知能とは比例しません。年齢にも比例しません。老害と言われるのは別に老人だからではなく、自分の価値観を一定の所でストップしているからなんです。

       

この機会にアップデートしてみませんか?みんなで「みんな違う」が当たり前の、より良い日本社会にしていく為に。

       

意見の不一致を歓迎せよ。二人の人間がいて、いつも意見が一致するなら、そのうちの一人はいなくてもいい人間だ。

出典:デール・カーネギー「人を動かす」

      

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