今生きているという事は何よりも奇跡的な事である。

思う事

どうも、妖狐(@yo_ko)です。

       

2019年2月、競泳選手の池江璃花子さんが白血病を患った事を公表をされました。

        

         

わずか18歳の体を襲った悲劇。あまりにも信じ難い現実です。

         

この悲しいニュースについて、沢山の方がすでに意見を述べられてますが、私も思う事があったので記事にしてました。

   

池江選手の心中をお察しすると共に、この病気が完治し元気な姿で戻って来られる事を切に願ってやみません。今はどうか治療に専念され、お体ご自愛くださいますよう、心からお祈り申し上げます。

       

今生きているという事は何よりも奇跡的な事

池江選手の公表を目にするまでに、白血病に触れる機会が私にはありました。

       

それは、NHKの「ひとモノガタリ」と言う番組で放送された、プロサッカー選手の早川史哉選手(24歳)の特集を見た時です。

      

早川選手は急性白血病を患い、長い間、闘病生活をされていました。このドキュメンタリー番組では、その闘病生活に密着する形で撮影がなされていたのです。

   

抗ガン剤の副作用の様子。病院のベッドに横たわり輸血される生々しい映像。免疫力の低下から食事制限。同じ病院で知り合った白血病の女の子からもらったプレゼント。

       

そして、その女の子が早川選手がブログを開設した2ヶ月後に亡くなったという現実。おおよそ普通の人が見た事もないであろう世界が、そこには広がっていました。

    

番組後半には壮絶なリハビリを乗り越え、見事プロ復帰される早川選手の姿が。

     

ピッチに登場した早川選手に、観客席は割れんばかりの大喝采です。しかし、ここに至るまでの苦労は言葉に出来る様なものではないでしょう。

        

私達が彼の気持ちを推し量ることなど到底出来ません。当事者以外は結局、傍観者なんです。

    

なぜなら、私達はまさか自分が白血病になるなんて、カケラも思っていないのですから。

      

どこかの遠い国で起こっている飢餓のように、対象が自分でないのならどうでも良いのです。そして当事者になった時初めて、事態の深刻さに打ちひしがれる。

   

人間とは滑稽なものですね。

        

なんせ、自分はその当事者になる筈がないと思ってるんだから。

         

いつ死んでもおかしくない

実は私は「死亡リスク要因」がめちゃくちゃ高いんですよ。

        

死亡リスク要因

1. 約10年間喫煙していた

2. 一人暮らしでロクなものを食っていない

3. 夜勤をしていた

4. 血縁者にガン・糖尿病がいる

       

ざっとこんなもんでしょうか。ちなみに、野菜は大嫌いなんでほとんど野菜食ってません。正直、自分でも短命だろうなとは思ってます。

         

ですが、これはあくまで病気の要因。事故や天災は別の話です。

    

例えば今、私は車内でこの記事を書いてますが、1秒後に10トンダンプが突っ込んで来て死んでもおかしくはないし、地震が起きて近くの建物が倒壊して死んでもおかしくないという事。

       

そしてこれは私だけに限った話ではありません。皆さんにも同様にそのリスクはあるのです。

    

もちろん、確率は限りなく0に近いでしょう。しかし、全くの0ではありません。0.0001%でもあるならば、それは起こりうると考えるべきです。誰がどうなるかなんて、未来の予測は出来ないんだから。神様じゃあるまいしね。

     

そういや神様って

実は神様については持論をもっているんです。長年考えた末、私は「神はいない」という結論に達しました。理由は凶悪な犯罪者が生かされて、善良な有識者が亡くなられたりするからです。

       

戦争でも被害に遭うのは一般市民ばかり。水面下で利権と暴利を貪るクズ共は、ゴキブリみてぇにしぶとく生き残る。神が本当にいるなら無能と言わざるを得ませんね。

    

ゆえに私は「神に生かされている」という考え方は間違いで、「なんか知らんけど奇跡的に生きてる」が正解だと思っています。

    

無駄な時間は1秒も無い

世の中のほとんどの成功者には特徴があると感じます。それは「死」に対する考え方です。これがいわゆる一般人と、世の中で成功されている成功者とを分ける境界線だと思うのです。

   

ちょっと偉人の言葉を拝借しましょう。

     

すぐに死ぬと覚悟することは、人生で決断をする時の大きな自信となります。なぜならほとんど全てのものは、周囲からの期待・プライド・失敗や恥をかく事への恐怖などで、そういったものは死に直面すると消え去るからです。そこに残るのは本当に必要なものだけです。

出典:スティーブ・ジョブズ 

20年後に失望するのは、やったことよりもやらなかったことだ。綱を解き、船を出し、帆で風を捕らえよ。探検し、夢を見て、発見するのだ。

出典:マーク・トウェイン

死を前にしたとき、みじめな気持ちで人生を振り返らなくてはならないとしたら、いやな出来事や逃したチャンス、やり残したことばかりを思い出すとしたら、それはとても不幸なことだと思うの。

出典:オードリー・ヘップバーン

      

このように、彼らは強く「死」を意識した考え方をされています。

         

これは言い換えると「人生は短いんやから、無駄なことやっとる暇はないで!」とういう意味にも捉えられますね。

   

20代の頃の私は怖いものなしでした。だってこの若さが永遠に続いて、自分が死ぬ筈がないって思ってたんですから。

      

多くの時間を無駄なことに費やし、無駄なことばかりに気をとられ、無駄なことを正しいと信じ切ってやってましたね。

         

今は幸いにも、この方達の言葉に出会えて、冷静になって考え方を改めることが出来ました。私が今、もっている考え方は次の通りです。

    

人生に無駄な時間は1秒もない。きっと私が予想しているよりも早く時間は過ぎ去り、やりたい事は明日やろうと思っている間に人生が終わるだろう。だからこそ常に全力疾走で走り続け、好きな事だけをやって生きていくべきだ。

      

自分を大切にする生き方を選ぼう

この冬を乗り切ったのは、数年前に買ったダウンジャケット。ネットで買った激安商品で、確か2000円台の値段だったと思います。

        

もちろん安かろう悪かろう。所々ほつれてヒモが出ていたり、キズが付いていたり、中の綿に至ってはペチャンコです。でも、こんな状態なのに暖は取れるんですよ。さすがダウンジャケット!

   

デザインは黒のシンプルな形状。しかし、サイズがブカブカでお世辞にもカッコいいとは言えません。よせばいいのに、この姿で週末の混み合う駅前広場を爆走してきました。

       

おしゃれなコートを着て歩いている学生さんから見ると、私の姿はホームレスに見えたかも知れませんね。

   

しかし、そんな事はどうでも良いのです。私はこの服のおかげで暖かかったのだから。そんな事はどうでも良いのです。私は両の足で歩け、両の手で甥っ子を抱っこできるのだから。

            

ご飯を自分の歯で噛んで食べることができるのだから。激しい運動をした後でも、正常な脈拍に戻してくれる健康な体を持っているのだから。

       

    

この「当たり前」を「これ程にもない幸せ」にまで昇華できた私は、あまりにも強い。

        

必要なもの以外買わなくなってしまったからね。なんちゃら商法は私には全く通用しない。

      

これは今の消費経済を止めうる考え方だ。

       

ピラミッドの頂点に君臨し、権力の権化となった資本家を地に引きずり下ろしかねない思考だ。

        

しかし、そんな金持ちのおっさんのことなどどうでもいい。

          

なぜなら私は今、まぎれもなく幸せなのだから。

             

今この瞬間にあなたが無常の喜びを感じていないとしたら、 理由は一つしかない。 自分が持っていないもののことを考えているからだ。 喜びを感じられるものは、全てあなたの手の中にあるというのに。

出典:アントニー・デ・メロ

         

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