自分には才能がないと思う前に確認すべき3つのこと。「才能がない人」なんていない理由。

思う事

どうも、妖狐(@yo_ko)です。

        

突然ですが、あなたはご自分で自分に才能があると思いますか?それとも無いと思いますか?

  

もし上記の問いの答えがすでに出ているなら、それは早計かもしれませんね。

     

ここはひとつ、この記事を読んでから答えを出してみるというのはどうでしょう?

        

自分には才能がないと思う前に確認すべき3つのこと

突然ですが、ここで皆さんの大好物を聞かせてもらいましょう。何がお好きでしょうか?

       

好きなものの種類

好きな色

好きな音楽

好きなファッション

好きな車

好きなスポーツ

好きな仕事

      

など、きっとたくさんあると思います。反対に嫌いな物も同じくらいたくさんあるでしょう。だけど、残念ですが私にはそれがわかりません。

       

皆さんがなぜそれが好きでなぜそれが嫌いなのかなんて、私にはまったく理解できないのです。特に納豆とかね。

     

失礼ながら言わしてもらいますが、「納豆の味が好き!」っていう人はマジで味覚おかしいと思いますよ。ほんと意味わからない。あと臭い。あと粘りすぎ。

      

そもそもあれどうやって出来たの?何でそのままでも美味しい大豆をわざわざ腐らせようと思ったの?何であの匂いを最初に嗅いだ奴、

       

ジジイ

ひょっとして・・・・これ口に入れたらうまいんじゃね?

       

ってなったの?ねぇ、なんで?・・おっと失敬。

納豆は植物性タンパク質が豊富に含まれてますので体に良いです。ぜひお食べ下さい。

     

このように皆さんが好きな事でも私が嫌いなこともあるし、その逆もまた然りですよね。つまり、自分自身の事なんて自分以外にわかりようがないのです。ですから、皆さん以上に皆さんの事を知っている人はこの世に存在しません。

      

私達は一人一人全く違います。容姿も違う。考えることも違う。

         

「十人十色」という言葉があるように、個性があって当たり前。そしてそれが素晴らしいという価値観もあるべきです。しかし、日本の実社会ではどうでしょう?その風潮はあると思われますか?

私は周りに合わせないといけないと感じることがあります。いわゆる「空気読め」ってやつです。

         

自分らしさを大切に

日本には、口には出さないけど強く求められる同調圧力があります。

       

これは私の生まれる前から存在しているもの。すなわち昔の日本の村社会が生んだ呪縛です。その頃から時代は大きく変わっているのに、今だに根強く存在しています。

         

ですが、これからグローバルな社会となり、よりダイバーシティー(人材と働き方の多様性)が本格化してくる日本で、そんなボケたことほざいてる暇はありません。このクソみたいな呪縛は平成と共に捨て去りましょう。

          

肌の色や髪の色の違いで、あるいは文化や生活スタイルの違いで差別される必要なんてどこにもありません。「自分らしさ」というのは他の何よりも尊重されるべきものです。

        

自分について、自分がどんな人間であるかなんてきっと普段は考えないはずです。だからここはひとつ、自分という人間について深く知ってみましょう。ノートいっぱいに書き出してみて下さい。「あなたらしさ」をあなたで感じ取るのです。

    

そしてどうか胸を張って、自分を好きになって下さいね!

【才能がないと思う前に確認すべき事①】

・自分自身について知る

     

才能とは必ずしも大衆性を求めるものではない

あくまで個人的な意見なんですが、「ギターが弾ける人」って超カッコイイですよね。皆さんもそう思いませんか?

      

南ブルターニュ大学のニコラ・グーギャン博士らの研究によると、ギターケースを持っている男性と持っていない男性でナンパしたら、ギターケースを持っている男性の方が成功率が倍ほどに高くなったそうです。

          

ケースを持つことで金銭的に裕福である、という印象を与えた可能性があるのも否めませんが、音楽というものが国や言葉の壁を超えて、人々に愛される理由がわかる気がします。

       

基準のあり方

でもギターじゃないとモテないなんでしょうか?木琴とかマラカスじゃダメなんでしょうか?私はカスタネットなら誰にも負ける気しませんけど。1秒間に5回は叩けますね。

      

スポーツも、サッカーや野球などのメジャーなやつじゃないとモテないんでしょうか?私は一輪車に乗れますけど(ドヤ顔)・・・え?ダサ過ぎてヤバイって?そっか・・・。

 

「カッコ良さ」がないとダメなんですね。でも、それはあなたから見てカッコイイから?それとも私から見てカッコイイから?

         

何を持って基準としますか?

          

基準なんてあるように見えて、実はないのかもしれませんよ。だってそれは「基準をつくった人の基準」なんだから。

      

もしも世界人口が100人だったら説

例えば、世界の総人口が100人だったとしましょう。皆さんが何か偉業を成し遂げて、100人全員から賞賛を受ける。これって簡単なように見えて難しいですよ。

         

「確率論」といって、世の中には数%は偏屈な人がいるものです。めちゃくちゃ好感度が高く人気な芸能人にも、必ずアンチがいるでしょう?

      

逆に100人全員から嫌われる事も不可能です。偉業を成し遂げなかったとしても、99人が嫌いだったとしても、1人は好いてくれます。

             

凶悪無比な犯罪者でも獄中で結婚していたりしますから。この世は0か1かで判断できるほど単純なものではないのです。

【才能がないと思う前に確認すべき事②】

・多数派が作った基準で考えない

     

「才能がない人」なんていない理由

ここでちょっと私の才能を聞いてもらえます?まず、私は自転車に乗る事ができます。あとは洗濯機と掃除機も使えますし、寝る前には歯も磨けますよ!どうです、すごいでしょう?

        

え?普通だって?みんなもできるって?だけどよく考えてみて下さい。

          

世の中には自転車に乗れない人がいるのも事実ですよね?世の中の大半の人ができることは才能ではないのでしょうか?

          

例えば、ブログサイトを開設できることはどうでしょう。才能になりますか?文章を書くことはどうでしょう。面白くて読みやすい文を書くのは、才能になりますか?

私はブログ開設も面白くて読みやすい文章も、誰でもできると思っています。できないと思っている人でも継続して練習することで、できるようになります。事実、私がそうでしたから。

      

天才とは「才能がある人」を指す言葉ではない

仮に自転車の運転が、世の中の80%の人達にできることなのであれば、それは普通と呼ばれますよね。では残りの20%のできない人達は、「普通という才能」がないことになります。

      

ですが、私はその20%のできない人達の全てを知らないので、才能がないとは呼べません。なぜなら、彼らは自転車を運転できなくても、船を運転できるかもしれないのだから。

         

あるいはジェット機に乗って、さっそうと登場してくるかもしれませんよ?その人の全てを知らずに決めつけるのは、正しいとは言えません。

         

だからこそ、普段、あなたが苦労せずに何となくこなしている事でも、他の人は苦労している可能性があるわけです。軽々とこなしているあなたの姿を見て、彼らが思うことは間違いなく「才能がある」でしょう。

     

それを見つけるには、まず自分を知る事です。そして「自分が出来る」というのをはっきりと認めてあげることです。

【才能がないと思う前に確認すべき事③】

・自分が出来る事をはっきりと認める

    

天才とは努力する凡才のことである。

出典:アルベルト・アインシュタイン

     

コメント