【人生が狂う】宗教に洗脳された人間の末路。人間関係を壊したくないなら絶対に入信するな!

実際にあった体験談

どうも、妖狐(@yo_ko)です。

   

私には某宗教に深く入信している叔母がいます。個人的には関係を断ちたいのですが、祖母がまだ生きている為、年に2回ほど顔を合わさねばなりません。

   

まぁもう一言も話さないし、祖母が亡くなったらそれで関係終了なのですが、やはり一度でも宗教に飲み込まれてしまうと普通の人間関係は破綻すると言わざるを得ないでしょう。

    

今からその理由について解説いたします。

     

【人生が狂う】宗教に洗脳された人間の末路

私はわりと幼少期から、叔母に違和感を感じていました。とはいえ、最初は宗教狂いという感じではなく「何となく普通の人より変だなー・・・」くらいの感覚です。

       

しかし、毎回家に来る度に宗教のチラシやらビデオを持って来るので、すぐに確信へと変わりました。おかげで現在の私は、無神論者として幸せに暮らしております。

      

彼女がなぜその道に行ったのかは今でもわかりません。何かきっかけとなる出来事があったのは間違いないでしょう。ですが、私は不思議で仕方ないのです。

      

どちらかと言うと、日本は宗教に無関心な国と言えます。世界的に見てもかなりの現実主義者なはずです。でなければ、まずこんなに経済が発達しませんから。そんな国に産まれて信者になるのは、逆に難しいと思うんですけどね(※親が信者の場合を除く)

        

洗脳の恐ろしさ

私の実家は仏教です。おそらく、今この記事を見ているほとんどの方もお家に仏壇があるのではないでしょうか?ですが、前述した通り、日本人のほとんどは信心深くありません。

      

仏壇を拝んだり墓参りをするのはあくまで儀式的なもの。冠婚葬祭だってそうです。別に信じ込んでやっているわけでなく、世間一般的にみんなやってるからやってるだけなんですよ。

        

だから他の宗教の儀式に呼び出されたって別にどうって事ありません。例えば、「演技でも良いから形だけやってくれ!」みたいな事を頼まれても、全然合わす事が可能でしょう。

       

しかし、骨の髄まで洗脳された人間はまったく異なります。自分の信じている宗教以外は受け付けず、他の一切を否定するのです。例えそれがどんな場合であっても・・・。

       

自分の家族よりも大事なもの

彼女に対する信頼を失った決定的な出来事は父の葬式でした。自分の兄の葬儀にも関わらず、彼女は参列しませんでした。それどころか、他の弔問客が多数いる中で「私は〇〇教だから!」と大声で叫び出したのです。

        

おそらく、彼女の中での優先順位は「兄<宗教」だったのでしょう。そして今現在も、彼女は祖母(母)の面倒をみずに一人暮らしを続けながら、惜しげもなく宗教に通っています。

       

自分の家族よりも宗教の方が優先順位が高いという異常さ。しかも、祖母は彼女の残された唯一の肉親。そして、祖母は高齢の為、いつ亡くなってもおかしくありません。

        

そんな状態でも宗教に入り浸るその様は、私に人間の恐ろしさを感じさせるのには十分でした。いや、真に恐るべきは、その姿を良しとしながら入信させる教祖なのかも知れませんね。

           

人間関係を壊したくないなら絶対に入信するな

私は別に「特定の宗教が嫌い」だとか「宗教アンチ」なわけではありません。ですが、これだけははっきり言っておいきたい。宗教は人生を不幸にするものだと。

         

あくまで私の拙い経験からですが、そんなにトンチンカンなことを言っているつもりはありません。なぜなら、もし宗教が人生を幸せにするものならば、わざわざ勧誘しなくともっと人が集まるからです。

         

宗教は儲かる      

昔、地下鉄サリン事件を起こしたテロ組織「オウム真理教」の教祖のセリフに、「この世で一番儲かるものが宗教」という言葉がありました。

自分で会社を立ち上げ儲けても法人税を払わなければいけないが、宗教法人は税金が一切かからない。お布施・戒名料・お賽銭・お札料などで得たお金は、丸々運営側の利益になる。控え目に言ってボロ儲け。

         

組織というのは必ずピラミッド状の形態をつくります。そして、組織内の富の流れは常に下から上です。つまり「入信する」という事は、自分から「奴隷になります」と言ってるようなもの。

       

宗教にハマる人達がこの現実に気づかないのは、それよりも先に感情に訴えかけられているからでしょう。神や仏やイエスキリストが、本当に実在するかのように信じ込まされているわけです。

        

一旦洗脳を受けてしまった人がそこから脱するのは、限りなく難しいと思います。集団という束になると同調圧力がかかり、結果、さらに深い洗脳状態へと陥るからです。

        

普通の人間関係が音を立てて崩れる隣で、この負のループは永遠に続きます。

       

幸せになる為の宗教?

幸せになろうと思ったら、神に祈れば何となるでしょうか?あるいは悩みがあった時には、神に相談すれば何とかなるでしょうか?いいえ、決してそんな事はありませんよね。

       

本当に幸せになりたいのであれば、自分で幸せな環境をつくり上げる必要があります。悩みがあるのであれば、自ら解決する必要があるのです。

      

そのような努力を一切行わず、ただただ祈りだけに頼ろうとする行為は現実逃避もいいところ。そんなものは「人生に対する逃げ」です。上手くいくはずがありません。

      

幸せになる為に祈りを捧げているはずなのに、幸せになれないなんて滑稽ですね。幸せになる為に儀式を行うのに、幸せになれないなんて不憫ですね。幸せになる為に宗教を信じるのに、信者だけが損をする構造なんて最高にバカらしいですね。

      

叔母が宗教に捧げたその時間に、一体どれだけの有意義な事が出来たのでしょう。彼女が違う道を歩めていれば、今頃本当の幸せが手に入っていただろうに・・・。

      

多くの宗教家が互いに相反しているのをみる。だから、ひとつを除いて、他はみな虚偽である。どの宗教も、それ自身の権威に基づいて信じられることを欲し、不信仰者をおびやかす。

出典:ブレーズ・パスカル

     

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