あなたの不幸はあなたが思っているほど不幸ではない理由。

思う事

どうも、妖狐(@yo_ko)です。

       

この記事に皆さんが辿り着かれたのはおそらく、自分ほどの不幸者はいないという、不幸自慢をしたいからだと思っています。

     

女性A

ちょっと聞いて。私はこれほど不幸だったのよ

     

そんな心の声が聞こえて来そうです。あるいは、

    

男性B

何で俺がこんな目にあうんだ!

     

といった怒りの声もあるかも知れませんね。

       

「自分だけ不幸」「自分の人生が不幸だ」と嘆く人へ

事実として、世の中の物事はすべて上手くいくとは限りません。私の経験では、むしろ予定通りいかないことの方が多いように思います。

    

だからこそ、世の多くの人が、多かれ少なかれ不満を抱えているのでしょう。

     

しかし、世の中には運というものが存在します。

        

運が良ければトントン拍子に事が進み、誰もが羨む生活を手にいれることだって可能です。反対に運が悪ければ、犯罪や事件に巻き込まれたり、病気になったり、些細な事でも大問題になったりするでしょう。

    

つまり、私達は運に左右されていると言えます。

       

「運命」という言葉があるように、命さえ運に左右されるのです。

   

私が今、重大な病気や大きな怪我もなく健康に生きられているのは、前世で良い行いをしたからではなくたまたまなんですよ。

      

こんなことを書くと、どっかの宗教の坊主が憤怒の形相で怒鳴り込んで来そうですが、私は無神論者なんで構いません。

不幸とは

私達はたまたま運が良い人とたまたま運が悪い人なんです。たまたま運が悪い人がたまたま運が良い人を見た時、それを羨ましく思いそして妬む気持ち、この感情こそが不幸です。

   

不幸とは他者によって引き起こされるものです。対象となる人物がいて初めて不幸なんです。

   

だって人と比べないと、自分が今幸せかどうかなんてわからないでしょう?仮にもし皆さんが、

     

男性A

が世界で一番不幸だ

     

男性B

僕以上の不幸者はきっといない

    

こんなふうに思われていても、私はその説を真正面からぶった斬れる自信があります。

      

今まさにこの記事を読んでおられるなら状態ならば、まったく大した不幸ではありませんね。プークスクスの失笑レベルです。

          

歴史の上に成り立つもの

先日、私は左下の親知らずを抜きました。

           

真横に生えている歯の抜歯は難しいそうですが、上手な歯医者さんにやってもらったので難なく終わりました。麻酔の量は完璧で、その麻酔を打つ時の痛みさえありません。完全に無痛です。

 

小さい頃の体験から歯医者が苦手だった私は感動を覚えました。今の技術はここまで来たのかと。

            

しかし、現代医学がここまでの発達を遂げるまでに、想像を絶する犠牲の数があった事を忘れてはいけません。

     

麻酔が無かった時代

麻酔が発見されたのは19世紀頃。現在の日本では医療の広い場面で使われていますが、麻酔が発見されてからたかだか200年程度しかたっていません。

             

なので、200年以上前の医療では、一体どんな外科処置がなされていたか想像するのに難くはないと思います。

       

古代の歯科治療では歯髄【しずい】と呼ばれる歯の神経を、粗末な器具で抜き取られていました。拷問のような痛みに失神して、そのまま命を落とされた方が沢山いたそうです。

極度の痛みは血圧を著しく上昇させ、神経原性ショックを引き起こし死に至る事がある。

      

聖アポロニアの歯を抜こうとしている執行人の絵

 画像出典:歯科医学の歴史より引用

      

治療に耐え生き残った方も、衛生状態が悪く抗生物質などなかった当時では、傷口から化膿が広がり敗血症となって亡くなられました。地獄のような痛みと体が腐って死にゆく病床で、彼らが何を思ったのかは定かではありません。

     

外科治療が暗黒に包まれていた時代。今では当たり前のことが、当たり前ではなかった時代に生きていた人達の事を、私達は知る必要があります。

     

彼らを知るのは、歴史を知るという事。

    

遠い昔から続いて来た歴史の上に、私達が安全で豊かに暮らせる、今の生活が成り立っている事を知るのです。

     

あなたの不幸があなたが思っているほど不幸ではない理由

私と皆さんを比べて、どちらが幸せなのか?の答えを出すことはできません。私の視点からと皆さんの視点からで、解が2つになるからです。

         

ですが、不思議なことに自分と誰かを比べてどちらが不幸なのか?の問いには瞬時に回答が導き出されます。

          

答えは決まって「自分の方が不幸だ」です。なぜこのような回答になるのでしょうか?

         

答えは簡単。自分より恵まれた環境にいる人と比べるから。

    

誰しもが自分自身に理想を持っています。その理想に辿り着く時、人は幸せを感じます。

            

例えば、年収400万円の人が年収1000万円まで給料がアップすると嬉しいと感じますよね。

       

運動神経が悪い人がスポーツ万能になる事や、絵が下手な人が上手に描けるようになる事、根暗でコミュ障の人(私)が社交的になる事も全て人を喜ばせる要因です。

        

しかし、現実は理想のように上手くいきません。ゆえに自分にとっての理想をすでに手に入れてる人と比べてしまうワケです。

    

幸せの定義は単純明快。それは自分が今いるステージより、一つ上の世界に行くこと。

    

生きるだけで精一杯

私達が住んでいる日本では水道の蛇口をひねると水が出ます。この水道水は塩素除菌でとても綺麗にしてあるので人が飲んでも害はありません。

日本の水道水に対する安全性は他の国を寄せ付けないぐらいに高く、医師が手術前に使用する滅菌水と比べても遜色がないと言われるほどの凄まじいクオリティを誇っています。

         

そんな私達がいつでも手に入れられるこの水道水は、南アフリカなどの発展途上国の人々が夢にまで見ている水です。喉から手が出るほど欲している水です。

        

彼らが飲んでいる水は茶褐色に濁り、様々な菌が繁殖し強い匂いを発しています。それでも飲まなければ生きていくのは不可能なのです。

          

      

嗚咽するほど汚い水を飲むのに一切の躊躇はありません。文字通り本能のままに生きることで精一杯だからです。死を前にする彼らにとって、幸せとは一体何だと思われますか?

           

あなたは本当に不幸なのか

話を元に戻しましょう。確か、皆さんは不幸だったんですよね。では彼らとご自分の境遇を比べられたらどうでしょう?

         

冒頭でも書きましたが、今この記事を読めている皆さんが不幸なんて失笑レベルです。

         

この記事が読めるならおそらく日本人で、そしてネットにアクセス出来る環境を持ち、空腹による低血糖で意識を失っておらず、全盲では無いことが確定します。

            

これだけで上位数%の恵まれた環境なんですよ。

 

 

 

 

 

 

           

もし不幸だと感じた時、自分に問いかけて見てください。私は本当に不幸なのかと。そして問いかける時は狭い世界で考えない事です。

    

75億もの人がいるこの星で、その端っこの隅っこの小さな国。たかだか1億2千万人程度のこの国だけを見ても答えなんて出ないのですから。

     

不幸はナイフのようなものだ。 ナイフの刃をつかむと手を切るが、とってをつかめば役に立つ。

出典:ハーマン・メルヴィル

       

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